京都シャロームチャーチ「今日の聖書」

日々聖書を少しだけ・・・・

あなたの重荷を

「あなたの重荷を主にゆだねよ。
主は、あなたのことを心配してくださる。
主は決して、正しい者がゆるがされるようにはなさらない」 
詩篇55:22


今重荷に感じている課題がありますか?
主にゆだねてください。
神様はいつも私たちを見ておられます。
愛と、そして、力をもって見ておられます。
主が私たちのことを心配してくださいますから、
私たちが自分で自分のことを心配する必要はありません。
今すべきこと、今できることにベストを尽くしましょう。
あとは、主にゆだねて。
シャローム

祈り

「主よ、私の重荷をあなたにゆだねます。。
あなたが、私のことを心配してくださるのですね。
あなたは決して、私がゆるがされるようにはなさらないことを感謝します。
イエス・キリストの御名によって、
アーメン!」

主は求めておられる

「主はあなたに告げられた。
人よ。何が良いことなのか。
主は何をあなたに求めておられるのか。
それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、
へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。」
ミカ書6:8


主が私たちに求めておられることであり、同時に私たちにとって最高の幸いは、
私たちが主とともにいるということです。

エスの福音を信じる信仰による「義」、
エスのみを信じ礼拝する「誠実」、
そして自分の罪を認め、神のあわれみのみに期待する「へりくだり」のあるところに主が来て下さいます。
主はご自身を「インマニエル」(「神はともにおられる」の意)と呼ばれました。
主ご自身が私たちとともにいることを願っておられます。
シャローム

祈り、

「神様、
あなたはいつも私とともにいて下さるのですね。
私もあなたのみもとにとどまります。
私の心の目を、心の耳を、
いつもあなたに向けさせてください。
イエス・キリストの御名によって祈ります。
アーメン!」

幸いとは

「幸いなことよ。
全き道を行く人々、主のみおしえによって歩む人々。」
詩篇119:1


安楽なことが幸いではありません。
経済的な豊かさが幸いなのではありません。
戦いがないことが幸いなのではありません。
困難がないことが幸せではありません。
悲しみがないことが幸せではありません。

幸いとは、神の御前に歩むべき道を知ることです。
それはただ啓示によります。

幸いなことよ。全き道を行く人々、主のみおしえによって歩む人々。
Hallelujah!

祈り、

主なる神様、あなたは道であり、真理であり、いのちです。
全たき道を示してくださって感謝します。
あなたのみおしえはいのちの教え、いのちの道、まことの道です。
この道を外れず前進し続けることができるように、
あなたの知恵とあなたの力を私に与えてください。
イエス・キリストの御名によって祈ります。
アーメン!

明日のことを誇るな

「聞きなさい。
『きょうか、あす、これこれの町に行き、そこに一年いて、商売をして、もうけよう』と言う人たち。
あなたがたには、あすのことはわからないのです。
あなたがたのいのちは、いったいどのようなものですか。
あなたがたは、しばらくの間現れて、それから消えてしまう霧にすぎません。
むしろ、あなたがたはこう言うべきです。
『主のみこころなら、私たちは生きていて、このことを、または、あのことをしよう。』」
ヤコブ4:13-15


どんな人でも明日をすでに手中に納めたとは言えません。
明日に何が起こるのか誰も知らないのです。
しかし、明日に備えることはできます。
何があっても対処することのできる備えを持つことはできるのです。
それは、明日を統べ治めておられる神を持つということです。

神は確か生きておられ、そして、神を求めるものにはむくいてくださる方です。
神を求めるものは必ず神を得ることができます。
そして、それがあらゆることに対処する秘訣です。

シャローム

祈り

「私にいのちを与え、この世界に送り出してくださった神様、
あなたの御名をあがめます。
私は、私の過去も、現在も、そして未来も、すべてあなたにゆだねます。
そうすれば私の道は揺らぐことがなく、すべては主が成し遂げてくださることを信じます。
イエス・キリストの御名によって祈ります。
アーメン!」

苦しみにあっては

「あなたがたのうちに苦しんでいる人がいますか。
その人は祈りなさい。
喜んでいる人がいますか。
その人は讃美しなさい。」
ヤコブ5:13


ヤコブを通して与えられる神様のメッセージは非常に率直でありシンプルです。
「苦しみには祈りを、喜びには讃美を!」
それぞれの状況に対する最善にして最高の対処が教えられています。

また、彼はこうも言っております。
「みことばを実行する人になりなさい」と。
シャローム

祈り(苦しみの中にいる時)

「神様、私は今苦しみの中にいます。
あなたは、苦しいとき、問題があるとき、祈りなさいと言われます。
だから今、祈ります。
私の苦しみ、私の悲しみ、私のいま直面している問題、
あなたはそれをご存知です。
主よ、どうかわたしをあわれんでください。
あなたの愛のみわざを
私に、私が今直面しているこの状況に、
どうか、どうか、なさってください。
イエス・キリストの御名によって祈ります。
アーメン!」

讃美(喜んでいるとき)

「ハレルヤ、主よ、感謝します。
愛と恵みの神様、主よ、
あなたの御名を心から喜び、ほめたたえます。
愛する主イエス様の御名によって、
ハレルヤ、主よ、感謝します。
アーメン」

悟り

「みことばの戸が開くと、光が差し込み、わきまえのない者に悟りを与えます。」 
詩篇119:130


悟りとは、瞑想や苦行のような修行を通じて与えられたりすることは、99.99%まずありません。
突然天から光がさしてきて天使が教えを語ってくれたりすることも、それほどひんぱんにあるわけではありません。
悟りは、私たちがへりくだって謙虚に聖霊の助けを祈り求めつつ聖書を読んでいくときに与えられます。
また、聖書を読んで得た知識を実行に移すとき与えられます。

すごく単純に見えるかもしれませんが、
「聖書に記された神のみことばを読み、理解し、信じ、実行する」
この地道なサイクルの繰り返しの中に、神様ご自身が恵みとあわれみによって悟りを与えてくださるのです。
そして、この幸いなサイクルは私たちが望みさえすれば、毎日でも経験できるものです。

さあ、今すぐにでも聖書を開き、みことばを受け取り、それを実行し始めましょう。
そこから受ける祝福は驚くべきものです。
シャローム

祈り

「主よ、お語りください、しもべは聴きます!
あなたのみことばは、私の足のともしび、道の光です。
どうか私に真の悟りを与えてください。
イエス・キリストの御名によって祈ります。
アーメン!」

親切にし、心の優しい人となり

「お互いに親切にし、心の優しい人となり、
神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。」 
エペソ4:32


親切にすること、心の優しさ、赦しあうこと、
これらはすべて当然のことです。
誰でもそうしたいと願っていることでしょう。
しかし、これらに本気で取り組むとすぐに現実に遭遇します。
この当たり前のことが自分にはできないという現実です。

こんな人間として当たり前のことができない自分はどうしたらいいのか?
そう悩み始めたら、私たちは救いに一歩近づいたのです。

こんなに当たり前のことさえできない不完全な自分、罪人である私たちも、
主イエスの愛と赦しを信じて膝をつき、「イエスは主、私の救い主」と信じるなら救われるのです。
主イエスの愛と赦しを受け取ることができます。
そしてその愛と赦しは全てを解決します。
シャローム

祈り

『主なる神様、
愛そうとしても愛せない自分がいます。
聖い人生を歩もうとしてもできない自分がいます。
正しい歩みを求めても、すぐに道をそれてしまう私がいます。
どうかこんな罪人の私をあわれんで下さい。
主イエスさまが、私の罪のために十字架で死なれ、
三日目に死の力を打ち破ってよみがえれらた
私の救い主であることを信じます。
イエス・キリストの御名によって、
アーメン!」